第9話:infancy(幼少)(5/20更新)「ふぇひふぉおへぇひゃん?!!(セイのお姉ちゃん?!!)」 後から事情を聞かされて、ザクラも驚いた。 だが、食物を口に運ぶのを止めなかったので、 セシルに「行儀が悪い」と注意された。 『二○加煎餅』はじめ、 チョコが持ってきた九州の銘菓なる大量の菓子が、 ザクラによって殆ど空箱となった。 …凄まじき食欲である。 「んぐっ…セイにも“きょうだい”いたんだね! …でも、全然似てないよ?」 ザクラが不思議そうに言うと、 「セイちゃんオカン似っち、ザクラは知っとーやろ? でもウチ、オトン似やけん」 と、自分の顔を指差すチョコ。 「さぁ、どうだか…」 と、セイが冷たい眼差しで言ってみた。 「ナンねアンタ、まだ疑っちょーと?(ムスッ)」 「確認しようにも、饗音が居ないもんでね…何故か(ムカッ)」 「あー、しゃーない! ウチ音痴やけど、あの歌唄っちゃる! アンタなら知っちょーハズやけんね!」 一呼吸置いて、チョコが指を振りながら唄いだす。 《起きよ、目覚めよ、十の子起こせ。 蝶が訪ねれば、雀を起こせ。 鼠と鳥が、こちらを探り。 蛇と兎は、咎狗見張る。》 その場に居た双子は、 聞いた覚えのあるメロディーに首を傾げた。 「これって…人間界の、『蝶々』の歌?」 「でも歌詞が違うだろ! 正解唄ってやれよ、ザクラ!」 セシルは些か、ブーイング気味だ。 だが、セイは何も言えなくなり、 「まさか」と思った。 昔、ナルミが唄った歌と同じ歌詞だったからだ。 * 『おかーさん? ようちえんでうたったのとちがうよー?』 幼いセイが指摘したが、 母は笑って人差し指を立てて、謎めいた事を言った。 『そりゃそうだろうね。 …いいかセイ、この歌詞を余所で唄っちゃいけないよ?』 『なんで?』 『…ママの秘密の暗号みたいなモノだからね。 覚えてなくても良いが、唄っちゃいけない。 いつか大きくなったら意味が解るから。 その時の為に、お前にコレをあげよう』 母が差し出したのは、小さな玉のような物だった。 『キラキラしてる!なにコレ?』 『これは………』 そこでセイの記憶は途切れた。 * 「なん…で…」 (つか、俺でも忘れてたのに、 何で、この女があの歌を知っている?!) 「思い出したん?」と、チョコがニヤリと笑った。 その時、小気味よく鋭い音が庭から聞こえた。 …パチン 「…何の音?」 …パチン パチン 「…鋏?」 庭を見ると、またもや見知らぬ人物が、 木の枝を剪定鋏で切り揃えていた。 栗色のクセっ毛の、小柄な女である。 「…誰アレ?」 「植木屋が来るの、今日だったか?」 チョコも庭に乗り出し、その人物に話し掛けた。 「あっれ、ネコ姉! ナンしよ~ん?!!!」 (え、マジ知り合いかよ!!!!) 鋏がピタリと止まり、人物がチョコを睨み付けた。 その直後、 「…そりゃこっちのセリフじゃダアホーッ!!!!」 ガスッ! 「ごぶはっ!」 素早く飛び付き、チョコの腹部に蹴りを一発。 更に、身長差があるにも関わらず、 チョコがバランスを崩した所で、技をかける。 「呑気に唄いよってッ! 早よ本題言わんかボケッ!」 羽交い絞めにされつつ、チョコも負けじと反論する。 「じゃかぁしいわキサンッ、方向音痴がよぅ言うわッ! アンタ、ウチより先に駅ついてたクセに、ナン今更…」 ギリギリギリッ! 「い゛ったぁーーーッス!!!! ギブギブッ放し放しィーッ!!!!」 チョコが激痛のあまり、床をバンバンと叩く。 ずれた眼鏡もカタカタと揺れる。 「さっき、『ネコ姉』って… って事は、まさかあんたも」 呆気にとられつつ、セイが恐る恐る訊ねると… 「ああ、やっぱり知らなかったか。 オレの名は『閑 鼠好(シズマリ ネコ)』。 オレもお前の姉の一員だよ、門前成市。」 ネコはしれっと答えたが、 セイは今まで以上に、母を呪いたいと思った。 俺以外に、何人子がいるのか…と。 「あれ?そういえば、ラバ君は?」 『ひよ子饅頭』を包み紙から出しながら(まだ喰うか)、 ザクラが空気を読まずに訊ねた。 すると、「噂をすれば影」と言わんばかりに、 ガラッ 「すいません、チョコ殿。 こんな感じで如何ですか?」 ラバイトが別室から入ってきた… しかも、何処かで見たような、煌びやかな衣裳に着替えて。 「お前、何やってんの?!」とセイが言いかけたその時… 「さ、サンホラ…ッ!!!!」 厳しかったネコの表情が、一気に緩んだ。 キラキラとした乙女の表情である。 「ふふふ…ネコ姉、好きやろー? ソ○モンにしようかー、グラ■ムにしようかー、 それともフ△イにしようか、色々悩んだんやけどー♪」 楽しそうにアニメキャラの名前をスラスラ挙げるチョコの表情も、 乙女…いや、『コスプレに萌える腐女子』そのものである。 ラバイトもラバイトで、 「自分はどれでも構いませんよ? どれ着ても似合っちゃいますから(ニコリ)」 と上機嫌である。 いつもなら、セイかセシルが 「お前もノリノリになってんじゃねーよ!」 とド突いてやるトコロだが…。 (も、もう勘弁してくれよ、オタクら…) セイの思考は一時停止してしまった。 「セイー?何で顔青くして止まっちゃってるのー? …ほえ? セシルも顔赤くして止まっちゃった?おーい?」 セシルが一時停止してしまったのは、恋人に見惚れたから… とは、言うまでもないが。 空気が読めない子・ザクラは、 暫くセイとセシルの顔面で手を振っていた。 |